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生け花の流派とは?主な流派の歴史と特徴を解説

生け花の流派や歴史・特徴を僕が知ってる限りの知識で解説したいと思います。

生け花の世界は、歴史ある流派がいくつかあり、いずれも伝統が受け継がれています。

昔の人が立てていた生け花のやり方で、現代も同じように生けることができるのは、とても感動です。

又、歴史ある流派から分派して、現代のスタイルに進化した生け花も新しい発見があります。

各流派の歴史と、特徴を一緒に解説致します。

流派ごとにお花の立て方が違いますので、比較してみると面白いですし、好みの流派が見つかるかもしれません。

池坊

歴史は室町時代にさかのぼり、「池坊」は当時頂法寺内にあった、一僧房の名前に由来しています。開祖したのは、天台宗の頂法寺の僧である池坊専応です。

連歌師としても有名な人で、お花を立てることをこよなく愛し、新しい手法の生け花を生み出し、生け花の名手と言われていました。

立花の基礎を築き、革新的な華道の技法で専応の名が広まっていきました。

歴史ある流派のため、現代も池坊の家元は頂法寺に僧籍を置く者のみです。

池坊の生け花の世界は、最初に生み出された技法である立花と、生花、自由花へと発展しました。

池坊では、草木の命が作り出す姿を美しさの根源として、「和」を生けることを基本とした華道です。

虫食い葉・先枯れの葉・枯枝なども、自然の和の中から生まれた植物の姿として生け花に取り入れられています。

古流

歴史は江戸中期で、創始者は今井一志軒宗普です。

約250年の歴史があり、三代目の松盛斎理遊が発展させ、四代目の理恩が古流を本格的に広めていきました。

地域としては、関東・北陸・防長・関西になります。

発展させた人物の中でも、理恩は「天・地・人、三才の理念」の考えを基に、生花の体系を作りあげていきました。

そして、古流の名が全国的に有名になっていきました。

明治維新の時代には生け花が衰退していきましたが、この後に数名の弟子達が古流を継承し、古流系統の分派が100以上生まれました。

19世紀になると、関西の古流から未生流が生まれ、関東の古流・関西の未生流と分布が分かれました。

生け花のスタイルは、生花・盛花・折入になります。

遠州流

発祥は文化文政の時代で、華道ですが租は茶人小堀遠州公です。

「綺麗さび」の思想を基に、生け花を全国へと発展させていきました。

遠州生花の技法は、公家及び武家社会に幅広く愛され受け入れられていきました。

その後、大衆へと広く浸透していきます。

特徴は、草花や花木を美しい流麗な曲線美に作り変えて、お花を生ける華道技法です。

その中でも挿花(生花)は、仏教や神道思想、和歌の世界、陰陽五行の天地人の自然を和室の中に表現することを重要としています。

生け花の技法である「くさび橈め」は、独特の技術による、草花を流れるように綺麗に曲げて生けるのですが、現代ではこの技法が出来る人、継承する人の数が減っています。

幕末から明治にかけて、技法の斬新さから大ブームになりました。

未生流

歴史は江戸後期文化年間で、流祖は未生斎一甫です。

大阪の地域で未生流を広めていきました。

特徴は人の手で更なる本質的な美を表現することを、考えの基にしています。

幾何学的理論の花形に、東洋哲学を融合させて生け花として形づくりました。

幾何学の形は、二等辺三角形・天円・東西南北を表している菱形・五行を表している天円地方台形・天地人を表している三角です。

幾何学の形を基に、自然と人間の調和を草花で表現しています。

緊張感のある美が、特徴になっています。

二代目の広甫は作風が綺麗と評判になり、大覚寺の花務職になりました。

この後分派が進み、嵯峨御流はその一つです。

現在は、100以上の分派があります。

未生流の新花は、八代家元・未生斎康甫が生み出した技法で、盛花と瓶花の2種類の生け方があります。

小原流

歴史は明治28年、池坊の門弟である小原雲心によって、創設された生け花です。

明治43年に大阪府立博物場で花会を行い、池坊から独立しました。

池坊の技法の一つである盛花に、各流派も抵抗がある洋花を取り入れたことで大衆化に成功し、広めた功績を残しています。

雲心の生け花は明治初期から洋風化した日本の生活になじみ、急速に浸透していきました。

大正5年の頃には、正式に小原流と名乗るようになりました。

二代目になる長男の光雲は、男性社会の花教授の職を女性にも開放して、生け花の近代化に貢献しました。

三代目の豊雲は、活躍の場を海外へと広げていきました。

特徴としては、現代ではよく目にする水盤と剣山を使用した生け花で、面を強調してお花を生けます。

その他には、花瓶を使用している「投げ入れ花」現代の生活空間に合う「花意匠」、限られた空間の中で生ける「花奏」、その他にも現代に合う生け方の技法があります。

草月流

1927年に初代家元である勅使河原蒼風によって、創設されました。

自由で型にはまらない作風が特徴で、和風にもこだわっていません。

植物の輪郭と空間を対比させることが多く、舞台美術やショーウィンドウを飾るディスプレイデザインなど、公共空間やイベント展開におけるダイナミックな生け花が特徴となっています。

お花を「生ける」という言葉を、草月流では「造形る」とか「変化る」と表現し、造形美術としての生け花を展開しています。

作風は全く限定されておらず、自由に生けてよくそのため草花以外にも、紙や合成樹脂、金属、竹など他の素材を組み合わせ、オブジェのような作品を作り上げています。

草花を全く使わない場合もあり、植物に色を付けて演出することもあります。

植物の傾きがどのような線と面、空間のバランスを取るのか構図を学んで花を生けていくことが、基本になっています。

嵯峨御流

歴史は深く、平安の初めの時代になります。

嵯峨天皇が大覚寺の大沢池で、菊を手折り殿上の花瓶に挿し、「後世花を生くるものは、宜しく之を以って範とすべし」と言ったことが、嵯峨御流のルーツです。

技法としては、「伝承花」と「心粧華」の、2種類になります。

「伝承花」はさらに4種類、生花・盛花・瓶花・荘厳華があります。

「心粧華」は、折り花・才の花・想い花の3種類あります。

生花は直角二等辺三角形に、天・地・人の三枝を表現しています。

盛花は自然の景観と色彩効果を表現し、瓶花は草花を自由に生けることができます。

荘厳華は、神事・仏事・婚礼・宴席などの特別な場で飾る生け花です。

折り花は荘厳華を発展させた生け花で、草花が発芽し天空に向かって成長していく姿を、表現して立てます。

才の花は生花を発展させて、気・流れ・風を表現。想い花は、盛花、瓶花を発展させて、簡潔に生けます。

まとめ

色々な流派がありますが、それぞれ素晴らしい特徴があって素敵ですね。

時間があればどれも一度は学んでみたいものです。 

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